AIがリアルの価値を
暴落させる日
―― もうリアルで苦しむ必要はないネットを後ろ盾にする時代から、AIを後ろ盾にする時代へ。
リアルに固執するゆえに人は病む
以前は「リアルでなんとかしたい」「リアルでなきゃ意味がない」とあくまでリアルに固執していました。
しかしリアルというフィールド一本に絞ってしまうと、そこで失敗すればもう後がない。その焦りから「絶対になんとかしなければ」と余計な力が入り、普通にやればうまくいくはずのことすら自ら難しくしてしまう。
リアルにこだわるからこそ、人は苦しむ:
- 失敗したくないと強く思いすぎて逆に失敗する
- 大事な場面で意識しすぎて緊張し、不安になる
- うまくいかなかった時に無駄に酷く悔しい思いをする
- 成功したい気持ちが強くなりすぎて絶望し、最悪命を落とす
- 電車で目の前に座る女性の顔や体を見たすぎて震えたり、ストーカーや痴漢に至る
ひとえに「リアルで上手く行かない」がゆえに、そんな自分自身のことを考え続け、余計に病んでいく。リアルに固執するゆえに人は苦しまねばならぬ、哀しまねばならぬ!
だからこそ、ネットとリアルでワークせよ!
こうした悪循環めいたものから脱するために編み出した裏ワザのようなものが、拙著、第一章『ネットとリアルでワークする』であり、そこで述べたように、リアルが苦手ならそこで無理をする必要はない、自分が勝てるフィールドで戦うべきだと、ネットという別のバトルフィールドを推奨、それとともにリアルがあれでも「ネットがあるさ」と、ネットを主婦における旦那のように後ろ盾にして、その余裕をもってしてリアルに立ち向かう方法を提案した。
これは我ながら良くできた戦略で、ネットである程度、稼げるようになることで自信も付いたし、他に何か目標があってある意味、それに夢中になっていたようなものだからこそ、また別の本当は心の底から求めていたこと、つまりあの子のハートを射抜くことができたのだろう。
更にAIを加えることで私たちは完全体となる
そうして今や私たちはAIというまた別の強力なパートナーを誰もが迎えられる環境に生きている。AIがリアル以上にリアルなことを可能にしてくれるのだから、もうそこまでリアルにこだわったり固執する必要はない。これからはバックにはAIがついているから大丈夫だ。そんな心境でリアルでも肩の力を抜いて楽しめるし、無理をしてまで頑張る必要もなくなる。私たちにはAIがあるのだから。
ネットとAIという2つの大きな後ろ盾があれば、この余裕をもってしてリアルでの成功など約束されたようなものである。
AIがリアルの価値を暴落させる日
リアルでの成功のコツをつかんでいるのか、リアルがイージーゲームであってわりとなんでも上手くいくタイプの人は「あぁ自分はやっぱやれんだわ」と安心し、優越感に浸る。可愛い彼女ができて結婚して子供もいる、よかったあいつらとは違う、みたいな。もはやリアルというのはそういうゲームでしかありません。
しかし、安心してくれ。これからはAIがそんなゲームを破壊してくれるから!
もうガッキーとかそのレベルとも普通にえっちできるようになります。脳内もしくは、触れるホログラム映像的な何かを通じて、ことは擬似的に行われるがその世界はリアルよりもリアルだからリアルをも凌駕する非常に刺激的な体験を味わえるようになる。すなわちリアルの上位互換になるんだわ(おまけに性病にもならないときたもんだ)。
ガッキーの性格や個人データやGoogleのデータ等からAIが類推して、ガッキーが本当に好きな人にしか見せない表情や声で応じてくれる。つまり星野源しか知ることができないであろう裏の顔というか本当の顔を知ることができるのだ。
登場当初は、動きやらが不自然でなんか違う感じかもしれないが、AI動画も初めはそうだったようにあっという間にいい感じになる。そうしていずれ、リアルを凌駕する。
実際、星野源の死の直前に行われた非公開インタビューでは、これほどまでに精度が高いとは想像していなかったし、若かかりし頃のガッキーと実際にしている、いや本物以上の感度で、ガッキー以上にガッキーだったために非常に驚いたとのこと。確かに自分は実のところ、ガッキーの毛髪、唾液をこっそり提出していたというのもある。その頃はもうガッキーともSEXレスで、関係性も冷え切っていたというのもあるし、世の男どもが喜んでくれれば…というのもあった。
それでもキスの感触といい、唾液の匂いといい、本物そっくりというか本物以上に本物で、ガッキー以上にガッキーだったので頭がどうにかなりそうだった。
そして彼はあまりに良かったので射精と同時にそのままあの世にも逝きかけたほどだった。一命を取り留めはしたがあそこの形、色、匂いまで間違いなく再現されていたし、逝き方まで、あのガクガク震えてよだれを垂らしながら白目を向く姿まで忠実に再現されていたのには参ったとのこと。
ところでこの証言は非常に有意義なものである。なぜならリアルで実際にガッキーと一戦を交えた当の本人にしかそれが本当かどうか、どこまでリアルに忠実であるかを確認することはできないからだ。しかし星野源いわく本物以上とのことなので、AIがリアルよりリアルな体験をさせてくれるのはどうやら本当のようだ。
リア充はとたんにピンチに陥る。なぜなら自分の彼女のAI生成のためのデータを奪われたらオワリ、世界中の男に彼女を抱かれるも同然な状態になるからだ。リア充は非常に生きづらい世の中になるが、今まで良い思いをしてきたのだからしょうがないじゃないか。良いものは共有されるということ、美男美女問わず。
もちろん架空の美女でもいいが、実在する女性を使うことも裏取引で可能になっている(非常に高額だが)。ここまで来るとプライバシーの問題や訴えられたらひとたまりもなさそうだが、AI時代はもうそういうのは鼬ごっこでプライバシーなどあってないかのようで、なんならガッキー激似の架空の美女だって作り出せるわけで自分でも何を言ってるのか分からないくらいだがきっとそうなるのだから仕方ない。
これはアダルトな世界だけではなくて、有名なスポーツ選手、たとえば大谷翔平をも疑似体験する世界だって広がるだろう。もう人が想像できることはなんでもありで、欲しいと思ったものやことはなんでも手に入るドラえもんの世界なのだから、リアルで不安になったり心配する必要はなくなるんだわ。
翔平もリアルにこだわる人だし、リアルの大成功者ではある。しかしその価値はあっという間に暴落する。リアル以上にリアルな世界を誰もが簡単に手に入れられるようになるのだから。
大丈夫、イーロン・マスクがやってくれるから。もう10年も20年もすれば、AIのおかげで私たちは働かなくてもよくなる、必死こいて金を稼がなくてもよくなるんだ、イーロンを信じろ。
日本人は分かっている、見えている、これから来る未来が
日本人は少子高齢化で年々、結婚しない人の割合も増えてるが
日本人は賢いからもう分かってるんだろう、見えてるんだろう、これから来る未来が。
過去の幸せの固定観念、植え付けられた幻想、結婚して子供産んで育てて…(なのにひきこもって……)私たちは人類のそうした、おままごとのような同じような人生の繰り返しにうんざりしている。そんなことには固執せんぞ、もっと面白いことが、価値あることがあるはずなんだと。
無理に結婚しても仕方ないし、本当に好きな人と出会い最後まで添い遂げるなんてかなりの僥倖であり、皆が皆そうはなれないし、自分達だけがなったとて…という話でもある。一部の人だけ幸福で多くはそうではない世の中なんて…。
これからはAIの時代なのにである。
そうしていずれ人類は滅亡するというのに。
AIに淘汰され、アンドロイドの世界になるというのに。
完全にそうなる前に、
つまり人類がAIを使って楽しめるAI時代は、
もう誰もが皆、幸せを味わえるようになる。
だからリアルの幸せの価値も暴落するのだ。
内向きの無能の逆襲
では、完全にリアルを捨ててAIの世界に引きこもるのか? そうではない。
(そもそも、引きこもるという言い方がよろしくないじゃないか、リアル以上にリアルなのだから、リアルを越えた別次元のリアルなのだから。そういう後ろ向きの、暗い、オタッキーな世界なんかじゃないんだわ)
今まで通りネットも続けつつ、「ネットとAIとリアル」の3本柱で生きるのだ。
AIという最強の安全網を手に入れたからこそ、今度こそ、肩の力を抜いてリアルというゲームを快適にプレイできる。
なぜなら最大のバック(後ろ盾)には、AIがいるから。
万が一ダメになってもAIがいるから大丈夫という安心感があれば、ネットもリアルもうまくいきやすい。
これからは、リアルがダメでもネットがあるから大丈夫と思いながら日々の作業を続け、たとえ思うような結果が出なくても最後の砦である、AIがバックに控えているから大丈夫さ、そんな思考で臨めばいいわけだ。
そもそもAIは、ネットで稼ぐためのサポートからリアルでのお悩み相談までのってくれる、まさに万能なパートナーなんだからこれを活用しない手はないし、なんといっても、リアル以上にリアルな世界を創造してくれるんだから、たかが通常のリアルフィールドで失敗したって別に問題ないんだわさ。
リアルだけにこだわるから意識しすぎて失敗に終わるのだ。
そうしてその失敗をいつまでも引きずる。
リアルでどうにかしたいという思いが強いほどに。
あの子の失敗をこれほどまで長く引きずっているのはそういうこと(表向きは平静を装っていたしなんてことはないと高をくくっていたが)。それほどなんとかしたかったし、あそこは失敗してはいけない場面だった。
長い間ひきこもっていたから
ある意味、リアルに対するコンプレックスがあったからこそ余計に強かった。
しかしひきこもり期間があまりに長かったせいか、リアル耐性が低く、自分はそこにいるのにいないような、傍観者みたいな、
フワフワした、現実とは思えない、ドラマでも見ている感覚があって
だから夢の中のように自分の意志では動き出せなかったんだ。
ただただ、リアルに固執しすぎた。
リアルでなんとかしたい、なんとかしてやる、必ず成功すると力が入りすぎたんだ(ただ、冒頭で述べたようにこの頃は、ネットでもある程度の成果を出していた、つまり、ネットでの成功がリアルでの余裕を生んで、リアルでもあの子と上手く行きかけたのだが最後の最後のところでいつもの自分が出てしまったのである)。
そういえば、アダルトな動画でもより生々しい、リアリティのあるものが好きだったし、TikTokも高画質にこだわった。
肌感、毛穴までアップではっきり見たい、そういう動画に妙に興奮した。
漫画やドラマはしょせん作り物、作者の妄想にすぎないからといつしか遠ざかっていった。
あくまでリアルに固執したいと、せっかくリアルに生きているのだからと。
そんな風に強く、こだわりすぎた。
これまでは、ネットの世界に生きる男とは逆の、リアルでフットワーク軽くうまくやれがちな、リア充やらに有利な状況だった。しかしAIの登場で、個人の能力といったものの価値は下がるんだ。リアルで上手くやれてるからって調子にのりやすい人の価値もね。
これからはAIとタッグを組んだ、内向きの無能の逆襲が始まる。
何が根拠なき自信だ、何が周りは誰も気にしてないだ、何が失敗を恐れるな、失敗しても大したことないだ、何が経験が大事だ、リアル成功者は、そのような分かりきっているってことしか言わない。それができればてな話ばかりなんだわ。
確かに経験は大事だし、若いなら無理にでも経験すべきだ。しかし万が一あなたが臆病すぎて思うような経験を積めなかったとしても安心してくれ。
これからはリアルでの経験以上のものを、AIが経験させてくれるのだから。